原子力発電の仕組み

原子力発電の仕組みや賛成・反対についての意見を頂きましたので、2つほどご紹介したいと思います。

1つ目
戦後、我々の親の世代などは核実験が世界的に沢山行われてきた歴史がある。

そしてその放射能物質は規制や公表されることなく、祖父母や両親は肉に魚に野菜に水と今、規制されている数値よりはるかに多い水準のものを食べ続けてきたのである。粉ミルクでさえももちろん汚染されていたといい、乳幼児ですら直接口にしていたわけです。

確かに放射能は体にいいものではないですが、何処まで悪いのかもきちんと解明できていないものです。電気は使いたいと、CO2を垂れ流しにして温暖化やオゾン層の破壊が止まらないのは仕方ないことで、放射能はとにかく悪ではあまりに無責任な話だと思います。

2つ目
原子力発電には反対です。現在、原子力発電所再稼動に関し、最終的には政府が判断する仕組みになっていますが、原子力の知識もない人間が、再稼動を判断することをしてよいのでしょうか。そんな危ない状態では、再稼動に対して賛成はできません。

電力需要がなくなり、輪番停電や工場の稼動を平日から土日へシフトするといったことがあるかも知れませんが、人間や地球に対する影響を考えれば、いいのではないでしょうか。二度と福島事故を起こしてはいけません。

以上となります。
より詳しい情報はこちら(→ http://solar.seo-gq.com/kinds/4.html )をご参照下さい!

プラチナカードの比較

現在は当ブログでは地震保険や火災保険など、保険商品に関するコンテンツを提供しておりますが、かつてはプラチナカードの比較サイトを運営しておりました。当ブログで通知しなかったのがいけなかったのですが、現在も「プラチナカード 比較」といったキーワードで当ブログにアクセスして下さる方々がいらっしゃいます。

以前のプラチナカードの比較コンテンツに関しては全てこちらのサイトに譲渡致しました。以前当ブログで公開していたコンテンツ内容とほぼ同一です。どんなプラチナカードがあるのか、そもそもプラチナカードとはどのようなカードなのか、などといったコンテンツをご覧頂くことができます。

もし検索して当ページをご覧になっている方がいらっしゃいましたら、上記のリンクより、該当サイトへ飛んで頂ければ幸いです。お手数おかけして大変申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い致します。

2011年3月11日の東日本大震災

地震に対するイメージ・体験談と言いますと、やはり2011年3月11日の東日本大震災のことが真っ先に思い浮かびます。

あの日たまたま私は仕事が休みで家にいたのですが、パソコンをいじっていて床にゴロンと仰向けになった瞬間にドーンと強い揺れを感じました。家の中の様々なものが崩れたりぐらぐら揺れていましたが、なるべく冷静になるように努め、火の元は大丈夫か、外へ避難しなければならなくなった時には何を持ちだすかなどに思考を巡らせていました。

ペットに室内犬がいるのですが、地震が来るまでは私の周りをチョロチョロと遊び回っていた犬が、揺れがきた瞬間に慌ててクレートの中に逃げ隠れ、揺れが収まった後もしばらくブルブルと震えていたのが印象的でした。

あの時の地震はかなり長い間揺れていたと記憶していますが、一通り揺れが収まった後で家の中を確認してみると、食器戸棚などは棚そのものに備え付けられた安全ロックがきちんと機能しており、床に落下して破片が散乱しているようなこともなく意外と後片付けに手間はかかりませんでした。

やはり天災というもの、特に地震に対してはこうした日頃からの備えがやはり実際に活きてくるのだなぁと改めて感じた瞬間でした。唯一、金魚鉢の水が揺れの勢いによって周囲にまき散らされ、魚臭い水を拭き上げる作業が大変だったといえば大変でした。防災用の対策というブログでも書かれていますが、やはり地震対策は欠かせないなと思いました。

災害時の買い占めについて

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震から数日経った都内の自宅付近ではまだ時折来る余震と錯綜する情報とで混乱していましたが、何より目についた光景は食料、生活用品などの買い占めでした。

物が余り過ぎている時代と言われている現代においても地震直後のスーパーなど、開店前から人だかりが出来、開店すればしたで今度は押すな押すなの大混雑。とても現代の景色とは思えない有様です。

そして、普段からすればいつも余っている商品なども影も無く、ましてや米、保存食品やトイレットペーパーなど日用必需品に関しては何日も品切れが続く状態だったのです。

人々は物が無いのでは無く当時の緊急事態に接し十二分に確保しなければ心配だという恐怖心から買いだめ、買い占めへと走っているようでした。

緊急事態に対し必要な物を手に入れようとする事自体は何も悪くはないと思いますが、自分含め、ほんの少し我慢するという気持ちもあっても良いのではないのか?と感じ、また欲しい物を購入したり揃えたりという普段の当たり前の環境がいかにありがたい事かを知りました。

都内一帯はあまり被害を被ってはいませんがあの地震を体験した者として災害が来ても的確な行動をとれる様、前もって緊急時の対策などを考え用意し生活をしていけたらと思います。

1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災

地震といえば、1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災が強烈な記憶として残っています。

阪神・淡路大震災の倒壊した高速道路やビルの映像にはショックを受けました。強固に作られているはずの建造物が、ああも簡単に倒壊してしまうものかと思い、自然の力の凄さを改めて感じました。

東日本大震災で一番衝撃的だったのは、やはり津波です。地震直後の津波の生中継には戦慄を覚えました。宮城県の広大な畑をビニールハウスごと次々と飲み込んでいく真っ黒い水の流れは忘れられません。

それからYoutubeなどで一般の人が撮影した至近距離からの津波の映像の数々も強烈でした。映画などを通して持っていた津波のイメージは、何メートルもの高さの波が一気に襲いかかってくるものですが、現実は違いました。じわじわと水位があがり、確実に周りの物を流していく冷酷さには、映画で見るのとは違った怖さがありました。

私自身は、どちらの地震も距離が離れたところに住んでいたので被害はありませんでしたが、決して他人事ではないと思っています。特に、今の家は海の近くなので、津波の影響については気にするようになりました。

震災後、周辺の標高を調べたり、市の津波予想を調べて自分の住んでいる所がどのくらいの危険度のある所かを調べたりしました。どこに逃げればいいのかのシュミレーションもしました。できれば一生そんな目には遭いたくはないですが、いざという時の備えはしっかりしようと思っています。

特に最近は家庭用蓄電池というアイテムが気になっています。こちらのサイトにて詳しいことが書かれていますので、ぜひ参考になさってみて下さい。

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